このごろの 写真家 中島宏章がわかります。
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母馬の瞳は
 道東の愛すべき街、標津町の某スナックに訪れた際(僕は下戸だが)、そこのママがとある僕の写真をいたく気に入ってくれた。 

 とある写真とは、これで↓

 

 これは、標津町のとある場所で出会った母馬の写真である(当ブログの標津町シリーズ「壁の向こう側」の中の1枚である)。

 今日はこの写真をプリントし、額に入れてみた。
 このお母さん馬の優しい瞳。ドキッとするほど美しいんだよなあ。ただただ優しいだけではなく、厳しさを持った愛情があるから、なんでしょうなあ。
  
 ママ、今度標津行く時に写真を持って行きますよ。
 標津のみんなは「ナカジが持ってくるわけない」と思っているでしょうな。人を裏切るのが楽しくて仕方のない、はしたない僕です。

 
Shibetsu Town 23
どうしてこんなに空が青いんだろう。
標津って素敵。



標津町 西北標津,EOS 5D
Shibetsu Town 22
尖峰(せんぽう)  
H:953m




知る人ぞ知る、玄人好きのする山。
イケショマナイ川に架かる金山橋から撮影。


標津町 金山,EOS 5D
壁の向こう側 5-5
おじさんは
子馬が生まれた時のことを話してくれた。
へその緒からの出血が止まらなかったり、色々と大変だったみたいだ。
おもむろに母馬が草を食べ始める。
草を食む音っちゅうのは、なんとも言いようのない小気味よさがある。

「ザシュッ、ザシュッ」
ん〜なんか伝わらないなあ

「zamshugg・・・・zamshugg・・・・」
余計わからん・・・

うーむ、あっという間に擬音の限界と我がボキャブラリーの貧困さを痛感。

僕が
「いや〜気持ちいい音っすね〜」 と言うと

おじさん
「だべ?この音がな、いい音が鳴ってない時は、馬が調子悪い証拠なんだぞ。うまく噛めてないってことだ。うまく噛めないと消化もうまくいかないから、吐いちゃったりするんだど。」

おじさん、、、ほんとに馬が好きなんだなあ。

なんだかこの馬が羨ましくなってきたぞ。
こんなに愛されて幸せもんの馬だな。
オマエたち。

おじさんと馬を見て、
僕は何だかすがすがしい気持ちになった。




壁の向こう側 4-5


美しい、本当に美しい、母馬のたてがみ。
おじさんの手入れのたまもの。


続く...... ”壁の向こう側 5-5” へ


壁の向こう側 3-5


なんという、瞳。

母のやさしさ。そして厳しさみたいな。
実に凜としている。


続く...... ”壁の向こう側 4-5” へ


壁の向こう側 2-5


おじさんはニコニコしながら語ってくれた。
「こんなもんな、馬売ったところでな、今の時代なんの儲けにもならん。ほとんど趣味さ。」
「オラァ、馬が好きなんだわ。」

そして、馬に話しかける。
「ほ−れ、写真撮ってくれるとよ、な〜。えがったな〜。ん〜、ほれ。変な人来たからビックリしてんのかぁ、なぁ〜」
とにかく優しい声で話しかける。馬は変な人(僕)に緊張しているらしい(笑)。
「馬が寝転がってたら、そりゃ具合が悪い証拠だ。牛はな、違うんだど。牛は寝転がってないとダメだ。立ってる牛は具合が悪い証拠だ。な、牛は食っちゃ寝、食っちゃ寝、だべ、な。馬は立って寝るもんだ、コッコは寝転がるけどな、な、わかるべ、そうゆうふうに考えればいいんだ。」

なるほど。至極当たり前でありながら、非常に深い話だ。
僕は、母馬の下で寝そべる子馬を見て、聞いてみた。
「この子馬も売っちゃうんですか?」

するとおじさん、嬉しそうに、
「いやぁ〜、コイツは売らね。コイツァ〜よ、めんた(♀のこと)だべぇ。だから、売らねえんだぁ。」
そして、子馬に話しかける
「なぁ〜オメ−良かったなあ。母ちゃんと一緒だなあ。ん〜、ほれ。このっ」


金を得る目的で、馬を飼う、のと
馬を飼い続けたいから、馬を売って金を得る、のと
ぜ−んぜん違う。
でも、端から見れば、馬を売って金を得ていることに変わりは無い。
売る、という事は、その馬の死を意味する。
おじさん曰く、これらの馬は食用にされるとのことである。

いくら可愛がっても、のちのち売られていく馬がほとんどではないのか。それなのに、おじさんは非常に馬を可愛がっている。

僕は、
おじさんの馬に対する”愛”を垣間見た。

ペットなどの愛玩動物に対する”愛”とは全く別だ。
そして、野生動物に対するそれとも次元が違う。
これは何だ。


続く...... ”壁の向こう側 3-5” へ

壁の向こう側 1-5
標津町のとある場所に、僕のお気に入りの被写体がある。
それは、郷愁の美というか、歳を重ねた者でなければ放つことの出来ない独特のオーラと美しさがある。

この写真↓


一度、撮影はしたのだが、また来て撮ろうと思った。撮り直しである(こんな事は無精の僕には大変珍しい)。
さっそく
舎の壁に向かいカメラを向け、撮っていると。
トコトコと向こうからおじさんがやってきた。
僕は、出来るだけ怪しい者では無いという雰囲気を醸しながら「こんにちわ〜」と挨拶をした。
こういう時は、カメラを持っているだけで、そこに立っている理由が自動的に相手に伝わるので、カメラはとても有り難い。ところが、僕のライフワークであるコウモリの観察時は夜であるし、カメラではなく奇怪な機械を手に持っているので、いくら僕が美少年であったとしても、怪しいこと紛れもなしである。しかも僕は美少年ではなく、ちんけな子おじさんであるから、怪しさ100倍ってとこだ。

僕が挨拶をすると、
「お〜、何撮ってるんだ〜」とおじさん。

僕は、自嘲的笑みを浮かべつつ
「か、壁です……(笑)」

すると、おじさん
「かべ?って、壁か……オァッハッハッハ!な〜に、壁なんて〜。こったら汚ねえ壁〜」

僕はすかさず、
「いや、綺麗だなあと、この壁。綺麗です……」

すると、おじさん
「な〜に言ってるんだかあ、いや〜まいった!面白い人もいるもんだなや〜」

そして僕はなぜか
「すみません……(笑)」

変な人間が好きなのか、おじさんは人なつっこく言ってきた。
「中にコッコ(子供)いるんだぞ〜、生まれて2週間だあ」

僕は
「おじさんの建物ですか?中、見せてもらっていいですか?」

予期せぬところで、あの郷愁な壁の内側へ入る事が出来る。やった!


おじさんの後について
中へ入ると……

「おおっ!!」









お馬さん。お母さん馬だ。
そうか、僕が撮っていた壁の向こうには馬がいたのか。
感慨深い、とはまさにこの事だ。


続く...... ”壁の向こう側 2-5” へ


Shibetsu Town 21
2009.02.04


杭にとまるオオワシ


標津町 ポンニッタイ(野付半島),EOS 5D
Shibetsu Town 20
2009.03.04


雪の中から何やら餌を探し当てたキタキツネ


標津町 ポンニッタイ(野付半島),EOS 40D