このごろの 写真家 中島宏章がわかります。
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壁の向こう側 2-5


おじさんはニコニコしながら語ってくれた。
「こんなもんな、馬売ったところでな、今の時代なんの儲けにもならん。ほとんど趣味さ。」
「オラァ、馬が好きなんだわ。」

そして、馬に話しかける。
「ほ−れ、写真撮ってくれるとよ、な〜。えがったな〜。ん〜、ほれ。変な人来たからビックリしてんのかぁ、なぁ〜」
とにかく優しい声で話しかける。馬は変な人(僕)に緊張しているらしい(笑)。
「馬が寝転がってたら、そりゃ具合が悪い証拠だ。牛はな、違うんだど。牛は寝転がってないとダメだ。立ってる牛は具合が悪い証拠だ。な、牛は食っちゃ寝、食っちゃ寝、だべ、な。馬は立って寝るもんだ、コッコは寝転がるけどな、な、わかるべ、そうゆうふうに考えればいいんだ。」

なるほど。至極当たり前でありながら、非常に深い話だ。
僕は、母馬の下で寝そべる子馬を見て、聞いてみた。
「この子馬も売っちゃうんですか?」

するとおじさん、嬉しそうに、
「いやぁ〜、コイツは売らね。コイツァ〜よ、めんた(♀のこと)だべぇ。だから、売らねえんだぁ。」
そして、子馬に話しかける
「なぁ〜オメ−良かったなあ。母ちゃんと一緒だなあ。ん〜、ほれ。このっ」


金を得る目的で、馬を飼う、のと
馬を飼い続けたいから、馬を売って金を得る、のと
ぜ−んぜん違う。
でも、端から見れば、馬を売って金を得ていることに変わりは無い。
売る、という事は、その馬の死を意味する。
おじさん曰く、これらの馬は食用にされるとのことである。

いくら可愛がっても、のちのち売られていく馬がほとんどではないのか。それなのに、おじさんは非常に馬を可愛がっている。

僕は、
おじさんの馬に対する”愛”を垣間見た。

ペットなどの愛玩動物に対する”愛”とは全く別だ。
そして、野生動物に対するそれとも次元が違う。
これは何だ。


続く...... ”壁の向こう側 3-5” へ

はじめましてコメント書かせていただきました。
正直、母馬の目にはっとさせられました。僕は写真のことは良く知りませんが、おじいさんの言葉、よく手入れされた毛並み、馬小屋の壁にとても心温まるものを感じました。本橋成一の「ナージャの村」を思い出しました。北海道の素朴さと共通するものを感じます。
ao | 2009/03/15 16:42
aoさま
はじめまして。
写真から何かを感じて頂けたようで、僕にとって最高の言葉です。ありがとうございます。
なかじ | 2009/03/18 23:07
COMMENT









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